おかみ's EYE|京都伏見の旅館ブログ|桃山温泉 月見館
花の寺「三室戸寺」
2008 / 06 / 22 ( Sun )
紫陽花で有名な「三室戸寺」へいってきました。
三室戸山門_512

この前は、シャクナゲのころに行きましたが、今は紫陽花がちょうど見頃です。
特に雨上がりの午前中がお勧めです。
三室戸庭園_512

約5000坪の大庭園にあじさいがぎっしり植えられています。
いろんな種類の紫陽花がありました。
三室戸紫陽花 (4)_512

三室戸紫陽花 (2)_512

三室戸紫陽花_512

三室戸紫陽花 (3)_512

本堂前の蓮の花も咲き始めていました。
三室戸蓮_512

三室戸本堂_512

紫陽花が終わると本堂の前の蓮の花が一面に咲きます。
「三室戸寺」は、四季折々のお花が楽しめるお寺です。
次は、いつの季節に行こうかな?

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14:16:06 | 寺院 | page top↑
「上醍醐」さん登ってきました
2008 / 06 / 21 ( Sat )
西国三十三ヵ所十一番の「上醍醐」さんへ行ってきました。
西国三十三ヵ所の一番の難所と言われています。
醍醐寺の山手の方に登り口がありました。
いざ出発!
上醍醐_512

ここから、1時間急な山道が続きます。
息も上がりましたがどうにか上醍醐の本堂である准てい堂が見えてきました。
醍醐水_512

この御堂の上です。
この横の階段を上ると本堂です。もう少し!
上醍醐本堂_512

やっと着きました。
難所を登りつめると充実感もひとしおです。
きつかった道中も忘れてしまいます。
今、気持はきつかった事を忘れているのですが自分の足は忘れていないようで
さすがに足がだるいです。
そんな時は、やっぱり月見館の「桃山温泉」です。
これで明日にはばっちり回復していると思います。

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00:00:03 | 寺院 | page top↑
厄除け観音 「粉河寺」
2008 / 05 / 28 ( Wed )
今日は、京都を飛び出して、西国三十三か所の和歌山県の「粉河寺」へ行ってきました。
和歌山県北部を流れる紀の川中流の北岸に770年大伴孔子古(おおとものくじこ)によって開創されたお寺です。
鎌倉時代には、七堂伽藍、塔頭550、東西南北4キロの広大な境内を誇る寺院でしたが、1585年、豊臣秀吉の兵乱により、そのほとんどが焼失してしまいました。
その後、徳川時代に中期に現在の諸堂が整いました。
重要文化財の大門(江戸時代)
粉河寺山門_512

京都のお寺の山門とちょっと雰囲気が違います。大門をくぐりカギのてに」いくと中門があらわれます。
粉河寺中門_512

四天王が祀られています。
四天王_512

大門からこの中門までの間でも五つもありました。
本堂も西国三十三か所のなかでも一番大きい建物だそうです。
粉河寺本堂_512

770年の創建以来、何度も造営を繰り返し現在の本堂は1720年のもので
江戸時代中期の欅材による代表的な建築だそうです。
この本堂を見たとききれいだなあと思ったのは、二重屋根のところです。
粉河寺本堂 (2)_512

他に類例を見ない特異な形態だそうで一重屋根の礼堂と二重屋根の正堂とが結合した「複合仏堂」というそうです。
本堂も変わっているのですがお庭も変わっています。
桃山時代の枯山水の石庭ですが、日本庭園の中でも先例がない様式らしいです。
粉河寺庭_512

それと力強いエネルギーを感じたのがクスノキの大木。
楠_512

近くによると
楠 (2)_512

樹齢1000年以上というこのクスノキが歴史の全てをみてきたのでしょうね。
一体、何を見てきたのでしょう?

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21:47:39 | 寺院 | page top↑
最古の腹帯地蔵尊「善願寺」
2008 / 05 / 26 ( Mon )
きれいな大きなお地蔵さん見てきました。
それと樹齢約1000年の榧(かや)の木に直接、不動明王が掘ってあるのです。
撮影禁止なので絵はがきから。
腹帯地蔵_512

月見館から車で20分ぐらいのところ、醍醐寺のすぐ近くの「善願寺」さんへいってきました。
このお寺は「腹帯地蔵」で有名です。安産にご利益があると伝えられ、お地蔵様が腹帯をしておられるところから「腹帯地蔵」と言われています。
平安時代後期の定朝様の秀作と言われています。
檜材の寄木造りで約3メートルの大きなお地蔵様です。
平 清盛の五男の夫人の安産を祈願して造立したと伝わっています。
地蔵尊でこれだけ大きな仏様は珍しく、御姿のきれいさと格調高いまなざしは、他に類がないと言われています。
また、善願寺の見どころの中に、生木の榧の木に彫られた不動明王様があります。
不動明王の迫力もさることながら、榧の木の直径1メートルほどの太さに驚かされます。

本堂の天井絵も素晴らしいです。
天井絵_512

中央の1作品を除いて岸派主流の画家や弟子たちの作品です。
中央の1枚は、松村景文の作品です。
松村景文_512

繊細な絵が「腹帯地蔵」とよくマッチしていると思いました。

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22:33:23 | 寺院 | page top↑
北朝第二天皇 「大光明寺陵」
2008 / 05 / 25 ( Sun )
伏見は明治天皇陵や桓武天皇陵をはじめとしてたくさんの御陵があちらこちらにあります。
月見館から徒歩10分ぐらいのところに小さな陵があります。
光明寺陵_512


室町時代のはじめ、このあたり一帯に北朝の皇族の御願寺として七堂伽藍を完備した大光明寺というお寺があったそうです。
光明寺陵 (2)_512

1352〜1355年、後伏見天皇の皇后の発願で建立された臨済禅宗のお寺です。
後伏見天皇の第二皇子である光明天皇、それから光明天皇の甥にあたる崇高天皇は、落髪して仏門に入いりました。
その後、1401年にこのお寺は失火により、七堂伽藍のお寺は、灰となり荒廃の一途をたどりましたが、伏見城築城の際、相国寺に移されることなりました。
大光明寺陵として光明天皇、崇高天皇が眠っておられます。
光明寺陵 (5)_512

光明寺陵 (4)_512

明治44年に南朝が正統とされたため光明天皇、崇高天皇とも歴代天皇から除外されています。
御陵の松はそんな話を知っているのでしょうか?
光明寺陵 (3)_512

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