おかみ's EYE|京都伏見の旅館ブログ|桃山温泉 月見館
鳥羽離宮の面影「安楽寿院」
2008 / 04 / 30 ( Wed )
月見館から車で15分ぐらいのところに「安楽寿院」があります。(淀川両岸一覧から月見館資料室蔵)
淀川両岸一覧から (2)_512

交通量の多い道路に囲まれながらも樹木がこんもりしている真中に優美な多宝塔が姿を現わします。
安楽寿院 (2)_512

平安末期に絶大な権力をふるった鳥羽上皇が、鳥羽離宮の東殿に後世の安楽を願い、陵所として開いたのがこの安楽寿院です。
鳥羽上皇は、本御塔(三重塔)に続き、阿弥陀堂、閻魔堂、不動堂を建て、上皇の皇后美福門院のために新御塔を落慶し伽藍を整えました。
鳥羽上皇は、本御塔を自分の陵所と定め、上皇が亡くなられた後、塔下に葬られました。
しかし、美福門院は、遺言により高野山に葬られました。
結局、新御塔には近衛天皇が葬られ、近衛天皇陵となりました。
当時の本御塔も新御塔も倒壊してしまい、
現在の多宝塔は、1606年豊臣秀頼により復興されたものです。
御陵に多宝塔が用いられるのは珍しいそうです。
安楽寿院屋根_512

鎌倉時代初期まで屈指の寺勢を誇っていた安楽寿院も室町時代後期には、荒廃の極みに達してしまいました。
そんな中、豊臣秀吉から500石分の領地を保証する朱印状ををもらい復興することができたとされています。
今、その朱印状が「安楽寿院寺宝展」で拝見することができます。
豊臣秀吉の御朱印も!
安楽寿院寺宝展_512

また、安楽寿院の秘宝の一つに定印阿弥陀如来坐像(重要文化財)があります。
鳥羽上皇の念持仏と伝わる、院政時代の代表的仏師賢円の作の仏様です。
胸の中心に吉祥のしるし卍(まんじ)が刻まれています。
これもまた、とても珍しいらしいそうです。5月25日まで拝見することができます。

他にも、平安時代後期のものとされる、三尊石仏や五輪石塔(重要文化財)などがあります。
三尊石仏_512

安楽寿院には失われた鳥羽離宮の面影と質朴な美しさが残っていました。

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